アリババはとても機嫌が悪かった。
理由は単純明快で、交際相手の夜が共通の友人である望と親しげに話していた、ただそれだけだった。
「アリババ、悪かったって」
「・・・・・・」
夜は先ほどから何度も謝ってくるが、どこか軽い口調だ。顔も一度も合わせていないが、恐らくすまないといった感じではないのだろう。
望と話す事くらいアリババは何とも思わないし、普段なら気にする事もなかったのに。
放課後、用事があるから待ってて欲しいと言われ、校舎内をぶらついて時間を潰していたのだが、段々と飽きてきたアリババは夜を探そうと各教室を周った。
夜は直ぐに見つかった。銀子や望のクラスにいたのだ。
オレンジ色に照らされた教室には夜と望の二人だけで、漆黒の髪が夕焼け色に染まっているのがとても綺麗だと思った。
中に入ろうと教室の戸に手をかけようとして、おや、と首をかしげた。夜が何やら真剣そうな顔で望に話しかけていたからだ。
二人の会話は聞こえない。周囲に誰もいないことを確認してから、バレない程度に戸についた小窓を覗き込んだ。
彼に限ってそんなまさかとは思ったが、何せ夜はイケメンだし、望も美女と言っても過言ではない。
そうすると、だんだん足先から体温が逃げていく気がした。
望が夜の耳元で何かを囁くと、夜は驚いたように口を手で覆った。西日に照らされているので分かりにくいが、顔も赤くなっている気がする。
アリババは思わずその場から逃げ出した―――
「教室で俺と糸色が話してるの、見てたんだろ」
「・・・・・・夜、遅かったし」
「やっぱり」
「・・・・・・」
悪戯好きな子供のようにニッと笑う夜は、やっぱりかっこいい。
思わず見惚れてしまいそうになるのをぐっと堪えて、アリババは再びそっぽを向いた。
「・・・アリババの事、話してたんだよ」
「えっ?」
長い溜息を吐きながら、夜は肩をすくめた。降参だ、といわんばかりに両手も挙げている。
「だってさ、アリババってすぐにジャーファルさんジャーファルさん、ってさ。アリババがジャーファルのこと恋愛感情とか抜きで好きなのは分かってたし、昔世話になったから慕ってるのも分かるけど」
不安になったんだよ、俺。かっこわるいよな。
夜はそう呟くと少し悲しそうな笑顔をつくった。
つまりあの時、望に「アリババが自分の事を好きなのかが不安だ」と相談していたらしい。
蓋を開けてみれば原因は自分にあった、というわけだ。
それが分かると、アリババは夜を疑った事を素直に謝罪した。
「夜、ごめん・・・」
「いいって。俺だってアリババの事不安にさせたし・・・おあいこさま、って事で。ちゃんと愛されてる事も分かったし!」
嬉しそうに笑う夜につられて、アリババも笑顔を溢す。
やっぱり夜はかっこいいなぁなんて思いながら。
「よし!じゃあ仲直りのしるしに何か食うか!」
「肉まんがいい!」
勢いで腕を組むと夜は驚いた表情をしたが、すぐにやさしく微笑んだ。
普段はあまりしない行動だったのでアリババは少し恥ずかしかったが、それもまあいっか、と幸せな気分でコンビニへ向かったのだった。
「アリババさんのことですか?」
日が暮れゆく教室に望の声が響いた。傾げた首とさらさらと音を立てて流れる黒髪は、ある種の芸術品にも見える。
「あいつ、ジャーファルの事慕ってるだろ?それが悪い訳じゃないし分かってはいるんだけど・・・」
「不安になってしまう、ということでしょうか」
夜は無言で頷いた。
最初は静雄に相談したのだが「大丈夫だろ」とか「男は度胸」などというよく分からない助言をされてしまい、結局望へと至ったのだ。
やっぱり望は分かってるなあと関心していると、あなたが分かり安すぎるんですよ、と呆れられた。
「本人に言えばいいじゃないですか。それが一番手っ取り早いですよ」
「そんな簡単に言えたら苦労しねえよ・・・」
「そうなんですか」
「アリババが悪い訳じゃなくてさ、俺が情けないんだよ。彼女とか友人を疑うような自分がさ」
情けない―――そう、夜は自分がどうしようもなく情けなく感じていた。
アリババの事を信じている。ジャーファルのことも、もちろんだ。だからそんな二人を裏切るような考えをしてしまう自分が嫌になっていた。
望は少し何かを考える素振りを見せたが、思いついたような顔をして夜の耳元に顔を寄せた。
「・・・アリババさんに見られてますよ」
「え!?嘘だろ!?」
「嘘だと思うなら、ご自分で聞いてごらんなさい。それでは、私は静雄くんを待たせているので失礼します」
にっこりと笑う望は、この状況すら楽しんでいる、そんな感じがした。
一人教室に残された夜はどうしようかと悩んだ。そして、すべてを伝える決心をしてアリババの元へ向かった。