誰かに誉められたら嬉しい。
学業とモデルを兼業している夜にとって、似合っているだとか格好いいだとかいう言葉は、自分の自信に繋がっていた。
だから、次の撮影も頑張ろうと思える。その言葉がお世辞であっても、だ。
正直なところ、業界の人々には誉められてもあまり嬉しいと感じることが出来ない。彼らが面と向かって似合わないなどと言った負の言葉を投げ掛けることは、まず無かった。
だからだろうか、自分に心の底から憧れているという少年を身近に見つけたとき、どうしようもなく擽っくて嬉しい気分になってしまったのは。


「俺、アリババの事好きかもしんねぇ」
人の疎らな図書室で夜がぽつりと呟いた。
「あいつさ、俺の事本当に憧れてくれてるんだよ。あの服似合ってるとか何着ても似合うとかお手本にしてるとかそんなことばっかり言ってくるんだぜ」
「夜くん、落ち着いて。お願いだから」
夜の静かな暴走をこれまた静かに制したのは、彼の友人の望だった。彼は読んでいた本を一度閉じると、夜の事をじいっと見た。
心の内を見透かすようなその視線に思わずどきりとしてしまう。
「まず、間違っても…ジャーファルさんの前では、そのような事を口にしてはいけませんよ。」
「い、言わねえよ!絶対言わない!」
アリババはジャーファルによく懐いている。聞けば、付き合いは長いらしく、幼い頃は面倒を見てもらっていたのだとか。
そんな彼にとってジャーファルはまさに兄のような親のような存在であり、ジャーファルにとってもアリババは弟のようにかわいい存在であった。
アリババが理由の無い陰口を叩かれていることを知ったジャーファルが、ぞっとするような、しかし美しい笑顔でその生徒達に雷を落としていたのはつい1年ほど前の出来事である。
まるで怒った神が裁きを下しているかのその様子は、1日も経たずに学園中を駆け巡った。
シンドバッドがお願いだから眷属器を使うのは放課後になってからにしてくれ、と言っていたが、果たして突っ込むべきところはそこだろうか。
他にもアリババが他校生に目をつけられていると知ったジャーファルが眷族器でぼこぼこに打ちのめしていたし、少し過保護だろうとも思えるが、それほど大切な存在なのだ。
もしもジャーファルに自分がアリババの事を好きだという事が知られてしまったら・・・と考えると思わず寒気がした。
「それで、どうするんですか?」
「え?」
「好きかもしれないのでしょう?アリババくんの事。それであなたはどうするんですか?」
「どうって・・・」
夜はそこまで考えていなかった。
とにかく誰かに聞いて欲しくて、望を図書室に呼び出しただけだった。
その事を知ったアリババが妙に目を輝かせ頬をほんのりと赤くして興奮していた気もするが、その表情がすごく可愛く思えた。
「付き合いたいとか想いを隠し続けるとか色々あるでしょう」
「それ、は、まだ分からない・・・かも・・・かわいいなぁとかはよく思うけど」
「はぁ・・・夜くん、あなた凄いニヤけてますよ」
「えっマジで!?やべー・・・」
望はこっそりと溜息を付いた。アリババの話をしだすとすぐにこれだ。
きっと「好きかもしれない」ではなくて「好き」だという事にも気がついているだろう。
ただその前に立ちふさがるのが、彼を慕う赤毛の少女と三つ編みの少年、そしてジャーファルとどれも高すぎる壁ばかりだった。
尻込みしてしまうのも無理は無い。
夜ならばきっと大丈夫だろうと望は思っているし、アラジンもモルジアナも直ぐにとは言わないが許してくれるだろう。多分。
一番難しいところはジャーファルだ。恐らく、ラスボスと思われていても仕方ない。
「俺、アリババのことウチに呼んじゃったんだけど大丈夫かなー」
「趣味の話をしていれば平常心を保てますよ。それから、手を出してはいけませんからね。頑張ってください」
ふふふ、と笑いながら、頭を抱えている夜の頭を優しく撫でると、どこからともなくシャッターの音が聞こえた気がした。


「夜もこの曲聴くんだ!俺、インディーズのときの持ってるけど貸そうか?」
「いいのか!?あれ絶版でどこ探しても手に入らないんだよなー!」
「買ったときさ、たまたま最後の1枚だったらしくて!」
趣味の話をしていれば、と望が言ったが、実際はどうだろう。
彼の蜜色の瞳がきらきらと輝けば、それだけで平常心は簡単に保てなくなる。
だって、こんなにも慕われたら誰だって嬉しいだろう。たとえ恋愛感情と間違えてしまったとしても、だ。
「夜ってネイルとかやるんだ」
アリババの声で我に帰る。彼の視線はテレビ台の下に置いてあるマニキュアのボトルに釘付けになっていた。
男性カメラマンから薦められた、発色の良いマニキュアだった。
マニキュアを塗っているときはひたすら無心になれる。最近は特にアリババの事ばっかり考えてしまうので、重宝している。
「・・・最近ハマっててさ。あ、そうだ。アリババもやるか?」
「えっ!?」
いいのか!?と。
ああ、また。彼の瞳が輝くから。
「学校にたまにして行ってるけど、何も言われないし大丈夫だぜ」
学校の規則はそこまで厳しくない。塗ったものを直ぐに落とすのももったいない気がして、夜はそのまま学校に行く事も多かった。
マニキュアを塗るためだから、と言い訳を一つしてからアリババの手を取った。
コットンに軽く除光液を染み込ませて、爪を拭く。縦長の形の良い爪なんだな、と思うと何故か顔に熱が集まる。
彼には何色が似合うだろう?ベースコートを塗りながら夜は考えたが、丁度黄色があったはずだ。
「アリババって黄色以外で何色好き?」
「えっ、あ、と・・・黒?」
「黒、ね。じゃあ丁度いいかな」
「?」
黄色は君の色だけど。
黒は自分の色だから、なんて言えないから。


「・・・で、どうです?」
別の日の図書室。望が紅茶を飲みながら本を読んでいる。
望やジャーファルが「本を読んでいるときにコーヒーや紅茶を買いに行くのがめんどくさい」とぼやいた翌日、何故か図書室には高級なドリンクバーが出来上がっていたらしい。
言うまでも無くこの学校の権力者達だろう。
「うん、俺やっぱりあいつのこと好きだ。付き合いたい」
「そうですか。やっと自覚してくださったんですね」
ぱたり、と本を閉じる望は穏やかな笑みをしていた。
夜は頭を掻きながら思わず苦笑いをした。迷惑をかけたことは自覚している。
「だそうですよ、お二方」
「え?」
背後に人の気配を感じた。振り返ると、そこにはやや険しい顔の少女と笑みを浮かべた三つ編みの少年が逆行を浴びて立っている。
「なるほど、望おにいさんはこのために僕たちを呼んだんだね!」
「あ、アラジンとモルジアナ・・・・・・」
「・・・・・・」
「まあせっかくですし、まずはこのお二方をお話をしてみてはいかがでしょう」
こんなの聞いてないと望を振り返ると、彼は優雅に紅茶を啜りながら
「いつか話し合う時がくるのですから」
にこりと笑ってみせた。