「雪男、」

冬が近づき、夜の廊下がしんと冷えるようになった晩秋の頃、そろそろマツバとのメールを休んで寝ようかとした雪男に小さく声がした。
聞き間違えるはずもない、それは兄のもので雪男は「何?」と返した。
すっかり冷たくなった風が窓をかたんと鳴らす。それ以外は、吐息の音さえも吸い込まれたように静寂の支配する空間だった。

体が弱かったために二段ベッドの下段を床にする雪男の元へ、燐が梯子を伝ってそろそろと降りてきた。あぁ、と思う。悪魔が見えて、怖いのにどうすることも出来なかった頃、何も知らないはずの兄はよくこうして傍に近寄ってきてくれたものだ。どうした?とも聞かずに「冷えるから一緒に寝よう」と半ば一方的に雪男のベッドに潜りこんで。あれはまだお互いが未就学の頃で、今はもう狭くて出来ないけれど。
雪男はもう祓魔の方法を知っているから、泣くことも怯えることもないけれど、たまに兄の体温を懐かしんでは恋しく思うのだ。
そうして、くすりと笑う雪男に燐はこてんと首を傾げた。

「どうしたの兄さん」

できるだけ優しく聞こえるように雪男は訪ねた。肘を立てて上半身を起こす。階段を降りきった燐は、じっと雪男の方を見て、しかし立ったままそこから動かなかった。

「雪男、俺、おかしいのかもしれない」

か細い声に雪男は思わず「自覚してくれたの兄さん?!」と言いかけたが、必死に止めた。兄は高校に入学してようやっと友人と呼べる人々に出会えたのだが、男性同士の恋愛を好む彼らの趣向は雪男には独特とも呼べるものだった。雪男と燐に母親はいないがいつかドラマで見た、子供に柄の悪い友人とつるまないでくれと懇願する母親の心境とはこのようなものかと雪男は一人思う。
否、彼らの趣向を脇に置いておけば燐と仲良くしてくれて大変有難いのだけど、どうしても素直に喜べないのもまた事実だった。(それをマツバに言えば、うっかり言ってしまってはダメだよ、と言われたので雪男は律儀にそれを守っている)

「何でそう思うの?」

否定も肯定もせずに雪男は問うた。どちらかをしてしまえば、彼は自己完結をしてこれ以上話してくれない気がしたからだ。
伊達に双子をしていない。
雪男の言葉を受けて、燐は考え込むようにして俯いた。数少ないボキャブラリーを必死に並び立てているのが目に見えるようだと思った。

「だって、夜兄もアリババも大切なのに、その二人が仲良いとなんかもやってするんだ」

置いてかれたような気持ちになる、と燐は続けた。泣くのを堪えたような顔に、雪男は脱力するのを感じていた。やっぱりそういうネタですよねー?!最近、兄さん僕に対してそういう話しすぎじゃないか?!マツバさんと仲良くしてるから?!違う!それは断じてホモ的な意味なんてない!!!!!!!!
内心で誰にともなく言い訳をする雪男に構わず、燐は更に口を開く。

「美味しいとは思うし」
(思うな!!!!!!!!友人だろ?!身内見境無しか?!)
「アリババに慕われて照れる夜兄可愛いし」
(照れる夜兄?!何それ僕も見たいっ!!!!!!!!)
「夜兄の言葉に一喜一憂してるアリババ見てるとテンション上がるけど」
(確かに夜兄にはそんな威力あるけど、それを見てテンション上がるか?!)
「でも、なんか、2人が仲良いと、俺....っ」

服の裾をぎゅうと握り締めて、今にも泣きそうな最愛の兄の姿に雪男の脳内はパニックを起こしていた。「えぇぇぇぇぇぇ?!」と叫びたい気持ちでいっぱいだった。
そういえば、最近夜とアリババが一緒にいるのを良く見るなぁとは思っていた。一緒に居るというよりも、夜の後をアリババが雛よろしく追いかけているといった方が合っているように思うのだが。
それこそ、銀子や黒子たちとつるむ姿も良く見るが、元来彼は社交性の高い人間のようで、人慣れしていない兄とは違い、様々な友人に絡んだり絡まれたりしていたので雪男は特に気にも止めて居なかったのだが。
尤も、博識なのか聞き上手なのか、数回アリババと会話したことのある雪男は「兄さんと同類なのか」と思いながらも人として好感を持っていたのも事実だ。

雪男は一息おいて、思い直した。彼らの思考回路はともかく、兄の燐のそれはほんの少しの嫉妬と戸惑いだ。今まで碌に友人を作れなかった兄だ。誰とでもすぐに仲良くなんて出来ないから、やっと出来た友人に心を砕いていたのだ。
その上、意外とパーソナルスペースが狭いので、スキンシップの多いアリババとは気があったし、夜のことは兄のように慕っていた。
旧友と新しくできた友人を合わせたら馬が合っちゃって仲悪いより断然良いけど、疎外感を覚えたとかそんな感じのアレだろう。

「兄さん」

雪男は静かに兄を呼んだ。実を言えば、雪男とて燐と同じような気持ちだった。少し前まで彼には自分と養父だけだったのに、いつの間にか趣味を共有する友人ができたのだ。彼の心を占めるものが自分だけではなくなったことに、嬉しいと思いつつも寂しさも感じていたのだ。
だから、燐が相談してきてくれたことに喜びを覚えていた。内容はともかくとして。

「兄さん、」

にこりと雪男が笑う。
兄を呼ぶ雪男の声は柔らかく、そして暖かい。名前から連想される温度とは正反対だと燐は思う。恥ずかしくて言ったことはないが。

「大丈夫だよ、誰も兄さんから離れていったりしない」
「っ、」


今は少し寂しいかもしれないけれど、でもきっと大丈夫だよ。

雪男の言葉が、燐の中に入ってくる。燐はそれを繰り返し脳内で再生した。
燐にとってどれだけ友人と過ごす時間が増えても雪男はやっぱり優しくて頼りになる家族だ。
自然と上がる口角に合わせて燐は素直に礼を述べれば、雪男は「明日は雪かな」と笑った。






「....っていう本のサンプルを上げたら、ブクマが凄い事になりました。ありがとうございました」
「何書いちゃってくれてんの?!」

いつものファミレスでの定例会で、とんでもないことをしれっと言ってのけた黒子に燐は叫ばずにはいられなかった。
あくまでも黒子のオリジナルキャラクターを使った実録本であるが、それは第三者として見るから良いのであって、自身がモデルなど萌えるものも萌えない。

「ちなみにもう入稿済みです」
「仕事早いwww」

キリッとした顔で黒子か続け、銀子が笑いながらテーブルを叩いた。万年サボり魔がよく言う、と思いながら燐は飲みかけのカルピスを口にした。あぁもう味が分からない。

「人気なんですよ君たち兄弟。先日は良いネタをありがとうございました。因みに僕は雪燐も燐雪もリバも何でもいけます」
「やめろ!聞きたくない!」

いけなくていいんだよそんなもん。兄弟なんだから!双子なんだから!
そんな燐の訴えなど目の前の二人にはどこ吹く風である。燐のライフはもうゼロだ。
ちなみにアリババはバイトで欠席だ。それだけが唯一の救いだ。こいつら怖い!!!!!!!!

「そういえば、アリババの奴この頃バイト詰めだよな。ガチで夜と居ること多いし」
「今度の修学旅行に向けての資金だってよ。今度、夜と買い物行くとも言ってたし」

銀子のぼやきに燐は情報を流した。
この前、モデルを務める夜が表紙を飾った雑誌を見ながらアリババが疲れた顔で、でも嬉しそうに言っていたのだ。
ちなみに燐も雪男も夜のファンである。

「奥村くん、そのときのことをkwsk!!!!!!!!」
「言わねぇよ?!」

いつになく目を見開いた黒子に燐も負けじと言い返した。銀子はその様子をニヤニヤと見ている。と、その時だ。凛とした声が響いたのは。

「ふふふ、楽しそうだねお兄さんたち。でも僕のアリババくんをその妄想で穢さないでおくれよ」

「?!」

青い髪を三つ編みにしたマギ、アラジンがいつの間にか現れ燐たちの会話に割り込んできた。
時間にして今は夜の8時半過ぎだ。いくらその天賦の才で飛び級していようと、彼はまだ10歳そこそこの子供だ。本来ならランドセルを背負っていてもおかしくない齢である。それが1人で、こんな時間に。
それを心配して眉を潜める黒子たちにアラジンは口を開いた。こういう所があるから困ると思いながら。

「今日はアリババくんをお迎えにきたのさ!この近くでアルバイトをしているからね(教えないけどね!)。この後、アリババくんとモルさんで夕飯をご馳走になりにいくんだよ!」

楽しみだなぁ、と顔をふにゃりとしてアラジンが年相応に笑った。こうして見るとただの子供なのに、怒らせてはいけないと思うのは彼がマギという理由だけでは無いだろう。


「へー、楽しんでこいよ!」
「うん!じゃあね、お兄さんたち!」

ニカッと笑った燐にアラジンは良い子の返事をした。
くるりと回って駆け出すのを見届ければ、その先にはモルジアナがアラジンを待っており、目が合うとぺこりと会釈をされる。彼らはそのまま店を出た。
姿が見えなくなったところで、銀子がひとつ深く息を吐いた。知らず知らず、力が入っていたらしい。

「はぁ、春は白兄夢だすしかないな」
「何で今の流れでそうなんの?!」
「ショタ白兄、良いと思うんだ!!!!!!!!」

あの白兄のショタだよ?!今も十分カッコイイけど、よくあのショタ時代に誘拐されなかったな!って思ったらもう描くしかないなって!思って!

「それを月雄さんに手伝わせる貴女は鬼畜ですけどね。その前に冬コミの頑張ってください」

1人暴走を始めた銀子に黒子が冷静にツッコミを入れた。燐にいたってはもうそんな元気もなく、残りのジュースを行儀悪く音を出しながらストローで飲むのだった。