「お疲れ様です。課題忘れていますよ(笑)」

そんなメールを確認したのはモデルの仕事を終えてすぐだった。鞄の中でスマホのランプ部分が青く光っており、タップして開いてみれば尊敬してやまない黒子からのものだった。内容には目を瞑り、黒子からメールが来たという事実に胸を熱くする。まぁ、労っても貰っているのだし文句なんて無い。
黄瀬の通う高校は公立ながらに、君臨した....「手に入らないものなんて無いよ」を真顔で言ってしまいそうな権力者たちの力に依り私立高も驚愕の設備を整えている。年間行事だってその権力者たちによってかなり変えられており、内容たるや高校生のやるものと呼べないものが多い。
事実、学校生活の基盤は彼らが多いに変えてしまったが、それでも高校生だった。一応、課題もテストもある。普段好き勝手やってる分、学力で答える必要があった。
黄瀬はバスケとモデルにも身を費やしているため、勉学に励む時間がなく....というのは言い訳でそれらを詭弁に勉学をサボる傾向が強く課題の提出で在学の許可を得なければならない。
そして、もっとも苦手とする教科の課題提出が明日に迫っていた。
幸い、高校は大都市にあるので交通の不便はなく、探せば短時間で戻れる方法もあるだろう。
急いで着替え、黄瀬はそこを後にした。

*

ぽつぽつと静かに降り出した雨に気付かなかった訳ではない。だが、油断していた。今や外は大雨で冬のそれは寒さに堪えるものがあった。あると思っていた折りたたみ傘は鞄の中に無くて、望は途方に暮れる。

はぁ、困りましたね....

鞄に入り切らなかった本を二冊、濡れないようにぎゅうと胸に抱え直した。読書家である黒子が貸してくれた本は多く、まだ鞄にも何冊か入っている。どれもA5サイズ程のものであったが、律儀に毎日予習復習をする望の鞄は教材でいっぱいだった。
今朝見た天気予報では晴れだと言っていたのに。
誰にともなく悪態をついてみる。
こんなんではスーパーにも寄れそうに無い。先ほど、シンドバッドが葉っぱを貸してあげようかとどっかで見たことのある大きな広葉を見せてくれたが丁重に断ったことを望は少しだけ後悔した。あんなんでもギリギリ傘替わりにはなったかもしれない。
だが、あれを手に持ったところで確実に何かが消滅する気がしたのも事実だ。第六感を侮ってはいけない。

「あ、望っちじゃないっスかー!」


ふと聞こえた声に望は辺りを見渡した。ばしゃばしゃとズボンの裾を濡らしながら黄瀬が走ってくるのが見える。

「わぁ!望っちに会えると思わなかったッス!」
「奇遇ですね。今日はどこまで散歩に行ってきたんですか?」
「散歩じゃなくてモデルの仕事ッスよ?!」

なにその犬か、近所の老人に話しかけるような内容?!
隣に立つと同時にきゃんきゃんと吠えるようなそれに、望はそっと赤司が彼を(駄)犬扱いするのを理解していた。
それにしても、走ってきたせいもあり黄瀬は随分と濡れており、地毛だと言い張る金髪も今はくすんでいる。ぼたぼたと伝い落ちる雫が彼の足元にあっという間に水たまりを作っていた。
何しに戻ってきたのか問えば、明日提出の課題を取りに来たのだと言う。確かあれはそこそこの量が無かっただろうか。それに、だ。恐らく彼のことだ。十中八九まだ真っ白だろう。

「傘、忘れたんです私」
「へ?」
「黄瀬くん、確か持ってましたよね?」
「え、あ、持ってるッスけど....」
「入れて下されば、あなたの課題の手伝いをしようかと思ってるのですが」
「っ!お、お願いするッス!!!!!!!!」

ぱぁっと顔を輝かせた黄瀬に望はクスリと笑みを零した。感情と表情筋が直結しているかのような反応は家に居る彼らにはないものだ。否、これでは詭弁がある。言い換えるならそう、彼らは黄瀬ほど単純ではない。

「こちらこそ」

これで本も濡れずに済むし、黄瀬の課題も終わる。一石二鳥だ。そう思いにこりと笑えば、目の前の彼は耳まで赤くして硬直していた。不思議に思い声を掛けようとすると、それよりも先に手を取られた。案外大きな手なんだなぁとぼんやりと思う。まぁ、背も高いのだからそうかなんて思っているとぎゅうと握られた。痛くはないが緊張した。

「今度のクリスマス会一緒に踊って下さい!」


時間が止まったようだとは、このことを言うのか。何を言っているのかすぐに脳が追いつかない。周りの音すべてが遠ざかった気がする。ずるりと、腕の中の本が落ちそうになって初めて、望は意識も呼吸の仕方も思い出したような気がした。
24日にクリスマスパーティーをしようと言い出したのは権力者の一人、オッドアイを持つ赤司征十郎で、突飛な案にも関わらずそれはすぐに可決された記憶はまだ遠くない。断じてキリシタンでもないのに豪勢に祝うのだろう。社交ダンスまでやると聞いた時には、僅かながらも瞠目したのだが、縁のないとも思っていた。それが今、申し込まれるだなんて。
希に、というよりも初めて見るような黄瀬の真剣な眼差しに望の喉は一度震え、そして「はい」と返していた。


後に、それを知った各方面から黄瀬への攻撃が始まるのだが、それはまた別の話である。