「あっ」
夕食は大根と鰤を煮たのが食べたい、と信乃にリクエストされ、それならばと学校帰りに立ち寄った行きつけのスーパーで、望はうっかり声をあげた。
野菜売り場にいた学生がこちらを振り替える。
宵闇色のさらさらとした髪に黄金の瞳。ぴょんと飛び出た髪の毛が印象的だ。
「やあ、奇遇だね」
「どうも」
学校の生徒なら誰に聞いても間違えることは無いだろう、生徒会長のシンドバッド。
望は友人のジャーファルから彼の苦労話をよく聞かされていたし、何度か顔を会わせたり軽い挨拶程度ならしたことがあったが、こうして話しかけられたのは初めてかもしれない。
シンドバッドと言えば、とにかく目立つ。
長身で体格のしっかりとした美丈夫で、性格は明るく誰とでも打ち解けやすい。健康的に焼けた肌や長い髪、そして低い声が高校生とは思えぬ色気を放っており、校内はもちろん他校の女子生徒からの人気はとても高かった。
そのせいか、ジャーファルは彼の女性関係のだらしなさにいつも頭を抱えていた事を思い出される。
自分は男だしその辺は特に気にすることもないが、彼に親密に関わるときっとジャーファルみたいに苦労するのだろうと思っていた。
それにしたって庶民的なスーパーの似合わない男である。
「実家を離れて暮らしているんだが、こういうのは慣れてなくてね」
「はぁ、まあ安いスーパーとは無縁そうな佇まいですものね」
「それは望もそうだろう?」
そうだろうか?と自分の服装を確認する。
特におかしいところはない。スーパーが似合わない顔立ちをしているわけでもないし、彼の言葉は些か理解しかねた。
そんなことをしている内に、シンドバッドの目は望の手にしている買い物カゴを捕らえていた。
「重そうじゃないか。持とうか」
「いえ、これくらい平気…」
まあまあ、と望の言葉を制し、彼はひょいと買い物カゴを持った。腕が急に軽くなってなんだか落ち着かないが、正直なところ慣れているとはいえカゴは重たかったので、すっかり助かってしまった。
自分や同居人の食料や日用品、それらすべてを合わせるとどうしても重くなってしまう。普段は信乃が手伝ってくれるのだが、今日は用事があるとかで望は一人で買い出しへと来ていた。
きっと成歩堂と町をぶらぶらしているのだろう。そんな想像が容易くできてしまうので、思わず笑みがこぼれた。
「どうかした?」
「あっ、いえ…なんでもありません」
シンドバッドは少し不思議そうな顔をしていたが、すぐにニッと笑って、そうかと言った。
その笑顔がなんだか眩しく思えて、慌てて顔を反らした。うちの学校の顔面偏差値はいったいどうなっているのだろう。
「これで全部かな?飼い忘れとかは無い?」
「はい。ありがとうございます」
「よし。また荷物が多そうな時はいつでも呼んでくれ」
買い出しのためだけにわざわざ呼びつけるのもどうなんだろう、と思いもしたが、そこには気がつかない振りをしてお礼を述べた。
「あの、もしよろしければ、夕飯食べて行きませんか?お世話になりっぱなしなのも悪いので」
「いいのかい?」
シンドバッドの顔がぱあっと明るくなる。これは女性にモテる訳だ。
と、いうよりも、きっと彼は決して女誑しなのではなくて人誑しなのだろう。それも、天性の。
「お口に合うかどうかは分かりませんが。家、こっちです」
信乃がシンドバッドを送りに行き、夏目と望が夕飯の片付けをしていると、リビングには必然的に臨也とNが残った。
今日も望の作るご飯は美味しかった。が、どうしてシンドバッドがこの家にいるのかがなんとも不愉快だった。望の話では、スーパーでたまたま出くわしたらしいが。
そんなこと嘘だろうと臨也には分かっていた。大方、望の行動を調べたりなんだりしてあのスーパーに先回りしていたのだろう。そして恐らく、臨也にその事を見抜かれているだろうことを、あの男は分かっていたに違いない。
どんなに悪態をついても、彼は笑って受け流していた。どこまでも腹の底が知れない、あの笑顔。臨也の苦手とする性格だ。
「たちの悪いストーカーかよ」
憎たらしげに呟やいた言葉は、食器を洗っている望と夏目には聞こえていない。今度煮物の作り方教えてください、なんて平和な会話が聞こえてきた。
Nは読書に夢中になっている様子だし、誰かに聞こえてたって臨也は気にしなかった。
適当にザッピングをして気を紛らわしていると、Nが本を閉じた。気分を害したのかと思ったが、思うだけで特にやめるつもりはない。興味を持つ番組が無いのがいけないんだ。
「シンドバッドさん?」
「……………は?」
唐突にNが口にしたのは、今しがた自分が考えていた人物だった。気が紛れた訳ではないが、不快感がまた臨也を襲った。
そういえばNも何を考えているか分からないときがあった気がする。
「何、急に。俺今機嫌悪いんだけど」
「ストーカー、結構似合いそうだよね」
「ストーカーって……」
Nがどこか楽しそうに言う。ストーカーと言えば、先程まで考えていたシンドバッドの事だ。しばらく黙ってNの反応を伺ったが、相変わらずニコニコしている。
「目的のためなら手段選ばない人。キミに似てるね」
「……どこも似てないけど?」
「明日から学校で望に急接近しそう」
「それは何となく分かる」
「多分、今日はまさか家に招かれるなんて思ってなかったんじゃないかな」
「そう?最初っからそのつもりだったんじゃないの?」
「ううん、きっと望の買い物を手伝う回数を増やしてくつもりだったんだよ。レベル低いポケモン育てようとしてがくしゅうそうち持たせたら、貰えた経験値が多すぎて一気に最終進化までいっちゃった感じ」
「その例えばどうかと思うよ。分りやすいっちゃ分りやすいけど」
「ちゃんと段階踏もうとしてたんだよ、偉いよね」
「どこがだよ」
Nは楽しそうだ。言っていることはどこかズレているが、たしかに核心をついている気もする。
彼の観察眼というか、人の性格や本性を見抜く才能はずば抜けている。そういえばシンドバッドはその事を知っていたのだろうか。
知らないでいればいい、と臨也は笑った。つられて何故かNも笑う。
そんな二人を台所から眺めていた望は、何を話しているかはわからないが、珍しく仲がいいなあ、と微笑ましく思ったのであった。
【おまけ】
「え、シンと買い物してそのまま夕飯に誘ったんですか!?」
「はい。和食もお気に召して頂けたようで良かったです」
「何かされませんでした!?大丈夫ですか!?!?セクハラとかセクハラとかセクハラとか!」
「?私は男ですのでセクハラとかは流石にしないでしょう?」
「やだこの人自分の事となると超鈍感。お母さん凄く心配です」
「????」
「生徒会長様が望と買い物して一緒に夕飯食べたってどういうことなの??????????これはライン送らないと!!!!!!!」
「銀子、鼻血やばいぞ」