自慢ではないが燐は学校に馴染むことが苦手だった。少し釣り目がちな目と、人馴れしてないことからくる態度が不良じみてる外見を強調した。
燐自体は人と関わるのが好きだったが、あまりにも上手くいかないので中学時代には馴染むことを諦め不貞腐れた。
養父が煩いので毎朝学校には向かったがサボることなんてザラだった。
そうやって一匹狼をする燐が、雪男のパソコンを勝手に拝借して興味本位でネットの世界に飛び込んで入り浸るのに時間は掛からなかった。
顔が見えないから、燐の発言に畏怖されることも後ろ指指されることもなく、画面の向こうの見ず知らずの人達が耳を傾けてくれる。
嬉しかった。いつしか会話なんて養父と雪男と修道院の仲間たちばかりだったから、久しぶりに他人と話した気分だった。
そんなある日だった。ネット上で密かに、そして少しずつ人気を博している絵に燐は一目惚れした。
美術は得意でないし、絵もかけないし、正直なところ他人の絵を見るくらいなら養父の隠し持ってるエロ本の方が興味がある。
なのに、画面に広がるその絵に燐は魅入っていた。細かい線に丁寧な色付け、引き込まれるような色合い。綺麗だと思った。もっとこの人の作品を見たいと思った。
たまたまリンクされていたアドレスをクリックすると、イラスト掲載サイトに繋がった。
そこにはその人が描いたらしいイラストが何枚も載っていた。作品に対する記載は少なかったが、評価数がやたらと凄かった。
そのサイトが、ユーザーが好きにイラストや小説をアップロードできるらしいことは後に知ることになる。
兎に角、この時燐はかの絵師に惚れたのだ。
そして、所謂BLを知ったのもこの時だった。
本を読むことは苦手でも漫画はよく読んでいた燐は、その絵師のイラストの中によく見知ったキャラクターがあるのを発見した。クリックすれば、タグにもキャラクター名や作品名もあったので、勘違いでは無かったらしい。
綺麗な綺麗なイラストで、しかし描かれてるのは原作で啀み合ってばかりの二人の男性キャラクターが、穏やかな表情で笑いあってるものだった。
「あれ?こんなシーンあったっけ?」と燐は首を傾げつつも、実は平和主義者でもあったので、いつかこの二人がこんな風になれば良いな、と今から考えれば相当、それこそ平和的な感想を持った。
しかし、それは燐の中の残念な分野を確実に育てる発端でもあった。
何をしてても気になるのだ。なんかこう、そんなシーンをもっと読んでみたいなと思うのだ。
雪男のいない間を狙ってパソコンで調べれば、燐の想像以上にそんな作品がヒットした。中には苛烈な表現のもあったが、燐はなんだか嬉しかったし興奮した。そして、原作を読んでもかのキャラクターたちがそんな関係にしか見えなくなっていた。同じコマにいるだけでテンションが上がった。
しかし、燐はいくら馬鹿と言われようときちんと理解もしていた。そんな感想が世間一般ではあまりいい目をされないことを。
だから燐は雪男にも黙っていた。双子が何でも共感、共有しあうわけではない。
とはいえ、誰かと共感したい気持ちは募る一方で、でも誰にも言えなくてモヤモヤしながら中学生活を全うした。
転機は高校に入学して1ヶ月も経たないうちにきた。
やはり学校生活には慣れなかったが、畏怖されることも少なくなった燐は、前よりも教室で過ごすことが多くなった。
だから、色んなものが見えたのだ。何このクラス、やたらと同性(男)同士で仲いいんだけど?!それがこの半月と少しの高校せいかの感想だ。やはり、養父にも雪男にも告げられなかったが。
一方で雪男は雪男で兄の表面的な変化に喜んでいた。あの兄が毎日学校に通って、馬鹿なりにきちんと授業を受けている!クラスに仲の良い友人でもできたのだろうか。皆さん聞いてください。兄はあぁ見えてとても情の深い人なんです。料理も出来て、家族思いの自慢の兄なんです。馬鹿な上に、素直じゃないことも多いけど、そこがまた可愛いと思いませんか?ブラコンを拗らせている雪男は切実にそう思っていた。だから気になった。燐を良い傾向に向かわせた友人が。ならば見に行くしか、確かめにいくしかない。
「兄さん」
休み時間を利用して雪男は燐のクラスをおとなった。燐の傍に人はいなかったが、たまたまかもしれない。教室に踏み込んで雪男は燐の机まで近寄った。(廊下で携帯カメラのシャッター音が鳴った。何かが来てるのだろうか)
「なんだよ雪男。どうした?」
「いや、別に。様子を見に来ただけだよ」
首を傾げる兄に雪男は曖昧に笑った。(瞬間的に人影が周りをうろついたが、気を向けるとなくなってしまった)
素直に理由を告げれば燐はきっと不機嫌になる。あぁ、でも気になる。お礼を言いたい。でも誰だ誰なんだ。あ、そろそろ予鈴が鳴る。
移動教室だからそろそろ離れなくてはいけないが、それだけの会話しかしないのも如何なものかと考え、そして雪男は口にした。燐にとっての転機となる言葉を。
「兄さん、お弁当ありがとう。とても美味しかったよ」
同時に廊下から鈍い音が数度響いたがそんな事は雪男にとってどうでも良かった。兄が珍しく照れたように笑ったので。
雪男もにっこりと笑って(燐にとってもその笑顔は久しく見てないものだった)、その場を後にした。
だから雪男は知らない。
その場を目撃していた銀子が、予鈴も気にせず「ねぇ、お前ら本当に兄弟?!」と興奮気味に話しかけたことを。そして燐がそれに第六感を働かせてしまったことを。
....黒子がミスディレクションを最大限に活かして連写していたことを。
その日の夜、修道院には美味しそうな匂いが立ち込めていた。貧乏なりに燐がそれぞれの大好物を作ったからだ。
席に着いた雪男に、台所から戻った燐が上機嫌に声を掛けてきた。
養父はそんな2人を見てニコニコしている。
あぁ、嬉しいなぁ。むかしに戻ったみたいだ。
「雪男、俺、友達が出来たんだ!今度(薄い)本とか貸してくれるって!いっぱい(ホモを)語ろうって、遊びにも誘われたんだ!」
にこにこーっと燐が笑う。嬉しそう。嬉しそうだが、途中で変な語源が混じっていた気がする。
でも養父さんは「そうか!良かったなー燐!」と酒を傾けている。だから、良いか。兄さんが嬉しいならそれで、と雪男は思考を放棄した。
後に後悔することとなるとも知らず。