本を読むことが、昔から好きだった。
漫画も読むが黒子はどちらかといえば小説を読むことが多かった。
例えば主人公はどんな人間なのか、文字から与えられる印象では人それぞれ思い描く姿が違う。
そうやって想像し、物語を読むのが好きだった。
ある日、黒子は自分が読んでいる本のコミカライズ版が店頭に並んでいるのを見かけた。
そのコミカライズ版のイラストが好みだったことと自分の思い描いていた主人公像に似ていたので、取り合え読んでみようと手に取ったのだ。
小説の内容は、警察官の主人公と何でも屋を営んでいるというフリーターの男二人が事件を解決していく、コメディ調のサスペンスだ。
いざページをめくると、話も小説に忠実で、多少の改編があるものの良い方へ改編がされている。
しかし読み進めるにつれ、妙な気分が黒子を襲った。
たとえば、話の終わりには近所のファミレスで二人が物語を〆るのが常だが、フリーターの男が美味しそうにパスタを頬張るのを警察官は目を細めて微笑ましく眺めている。
確かに小説には微笑ましいと書いてあったけど!
でもなんだろう、この気持ち。
黒子はどんどん読み進めていった。
顔が近いシーン、足を挫いたフリーターが警察官に抱えられるシーン、フリーターが上目遣いで警察官におねだりするシーン…………
そういった場面が出てくるたび、最初はちょっと恥ずかしくも思ったが、段々と興奮を覚えたのは事実だ。
そしてその感情を「萌え」と表現することを知ったのは、グッズを買いにアニメショップへ行ったとき大きなお姉さん達が人目を憚らずに「萌える!」と叫んでいた時だった。
初めてのアニメショップ、そこはまるで戦場だった。
大きなお姉さんやお兄さん達がグッズを大量に握りしめ、一心不乱にレジへと向かう姿はまさに戦のようだ。
目当てのグッズを探している内に書籍売り場へと弾かれてしまったらしく、並ぶ本棚には薄い本がぎっしりと詰まっていた。
その内の一つが例の小説のイラストにそっくりで、「あの作家さんの画集だ」と思い嬉々としてそれをレジへと持っていった。
それが全ての始まりだった。
黒子テツヤ、14歳の事―――
自分が腐男子であると自覚し、その道を突き進むことを決めてから2年たった今、新しい学校でも中学時代と変わらずひっそりと腐男子を全うしていた。
ただ一つ気になることは、この学校の生徒はやたらと近い。近いのだ、うん。
クラスのしょっちゅう喧嘩ばかりしてる二人組とか、その片方と学年トップの成績優秀者とか、双子の兄弟とか。
黒子にとっては非常に美味しいシチュエーションで、だから余計にこの萌えを誰かと共有して発散したかった。
その日も遊びにきた黄瀬を適当にあしらってからめくるめく妄想に励んでいた。
折原くんの今日のお弁当は望さんの手作りですか、それを平和島くんに自慢しちゃうんですかそうですか、うふふ…
「えーっと、黒子君?」
そんな幸せな時間を突如として崩しに来た猛者が現れた。
ちらりとそちらを見ると、まず目に入ったのは綺麗な銀色の髪だった。
短いスカートから程よく肉の付いた白い足がすらりと伸びていて、誰から見ても美女の部類に入るであろう女性が立っていた。
「なんでしょうか?」
悟られないように今なお弁当自慢をしている二人を見る。やっぱり望さんのご飯が一番美味しいよーなんて声が聞こえる。
「いや、あのさ、気分悪くしたら悪いんだけど…キセリョって、ホモなの?」
「!?」
黒子は勢いよく立ち上がった。机と椅子がガタついたが、気にしているものは誰もいない。
「いや、こういうの聞くのって失礼だと思うんだけどね!?ほら、なんか黒子君と話してる時とかやたら近いしスキンシップ激しいしさ、いつも美味し…じゃなくてすげー気になってたんだよね!うん!いや別にキセリョがホモでもアタシ気にしないし寧ろ気になる…じゃなくて!!!!!」
「あ…………」
黒子は悟った。
彼女は同じ人種だと。
現に先程から静雄と臨也の方をちらちらと見つめている。
だから、黒子は手を差し出した。いい笑顔で。
「黄瀬君はいいエサです」
「………………」
目の前の美少女はしばし呆然と黒子の手と顔を交互に眺めたが、全てを理解したようで、急にキリッとした顔つきになった。
教室の隅で交わされる堅い握手―――
坂田銀子。黒子にとってホモを分かち合える、初めてできた同種の友達だった。