11月10日。その日のカラオケ定例会は普段とは全く異なる雰囲気だった。
4人が4人とも両手を顔の前で組むその姿は、まるでどこかの総指令を彷彿させる。
「明日が何の日かお分かりだろうか」
最初に口を開いたのはアリババだった。黒子、銀子、そして燐の顔を見回す。
「11月11日…ポッキー&プリッツの日、だな」
「ああ、11月11日はポッキー&プリッツの日…製菓会社の戦術と言われようがなんだろうが、アタシ達にはそんなの関係ない」
「僕たちの目的はただ一つ…」
ポ ッ キ ー ゲ ー ム を す る ホ モ が 見 た い !
もちろん、実際に目の前でポッキーゲームをしてくれる確率は極めて低いだろう。
だからせめて、目の前で一緒に仲良くポッキーを食べてくれさえすれば、それでいいのだ。
それだけでお腹いっぱいになる。あとの事(妄想)は任せておいてほしい。
「そんなわけだから、これからポッキーを買いに行こうと思う。甘いのが苦手な奴もいるだろうし、プリッツを買うのを忘れないように」
4人の作戦はいたってシンプルだった。
ポッキーやプリッツ、そしてトッポ派の人のためにとにかく買いまくる。
そしてそれを来る11月11日に無償で配布する、という作戦だ。下手な鉄砲も数撃てば当たる、という諺があるように、きっと一組くらいはポッキーゲームをしてくれるはずという邪念の元、銀子が考えたものだった。
机の上にA3サイズほどの地図が広げられた。必要最低限の情報のみ掲載されているシンプルな地図だ。
「今日の授業中に作ってみました。この辺りのスーパーや駄菓子屋さんをまとめた地図です」
「でかしたぞ、黒子!」
誰も授業中にそんなもの作るな、なんて野暮な突っ込みは誰もしない。むしろありがたがっているくらいだ。
赤い印はスーパー、青い印は駄菓子屋。そして黄色の印はコンビニだった。
黒子達学生にとってコンビニはとても便利な施設であるが、いかんせん物価が高い。
なので、コンビニはあくまで最終手段、ということになる。
「買い物はアタシと黒子がするから、燐とアリババは荷物持ちよろしくね」
「そうだな」
「おう、任せとけ!」
「ふふ…頼もしいですね。それでは」
4人が同時に立ち上がる。
最初に手を差し出したのは黒子だった。
その上に燐、アリババ、そして銀子が手を重ねる。
「行きますよ、皆さん!」
「おうッ!!」
11月11日。
決行は昼休みとなった。放課後は部活があるため確実に渡せるなら昼休みだろう、ということになったのだ。
各々が大量のポッキーやらを手に、ひたすらその時を待った。
すでに教室ではポッキーを食べたり話題になったりしているが、それでもじっと待った。
「銀子、今日はポッキーの日だぞ」
「うむ、そのようだな…」
「えっ」
月雄はこの日に便乗して銀子とポッキーゲームができないかと企んでいた。
しかしどうにも銀子の様子がおかしい―――のはいつもの事だが、今日は変に冷静だった。
「(普段ならポッキーゲームとか言ってすでに鼻血を吹き出していてもおかしくないのに…)」
そう、彼女はなんたって腐女子なのだから。
そのためにいつもよりティッシュも余分に持ってきてある。弁当も二段レバニラ炒めにした。
もしかしてようやく脱腐女子したのだろうか?
「お、お前、もしかして…!」
月雄は感動した。感動のあまり涙を流した。
その涙の破壊力は、クラス中の女子生徒を惚れさせるのには充分なものだった。
悩ましい溜息を付きながら女子生徒たちが崩れ落ちていく。しかし月雄には目の前の銀子しか見えていない。
「そうだ月雄。せっかくだから今日はポッキーゲームでもしてみる?」
「!?!?」
これは、これはもしかしなくても本当に脱腐女子!?
「でもね、ちょっとお願い聞いてほしいんだけど…」
「ああ、銀子がポッキーゲームしてくれるならなんでも聞く」
その瞬間、銀子がニヤリと不敵な笑みを浮かべたことは誰も知らない。
「赤司くん」
「どうしたんだい、テツヤ」
最後の休み時間、黒子にはやることがあった。
「今日はポッキーの日だって言うじゃないですか」
「そうだね。敦が喜んでたよ」
紫原は体格こそがっしりとしているが、お菓子が好きな普通の男子学生である。
朝からクラスの女子から沢山ポッキーを貰ってとても喜んでいるらしい。
「実は、僕もたまにはこういうイベントに乗じてみようとポッキーを買ったんですけど、僕が配り歩いてもいまいち盛り上がらないと思いまして」
銀子、燐、アリババの3人はそれなりにテンションを上げながらポッキーを全て配る事が出来るだろうが、黒子には自分がそれをできないだろうと感づいていた。
だからこうして赤司に頼むことにしたのだ。彼が配れば男子も女子も教職員もみんな釣られてくれるだろう。
「せっかくなんだからテツヤが配ってみるのもいいんじゃないか?」
赤司は首を傾げた。その回答は想定の範囲内だ。昨日徹夜で考えたセリフを使うときが来た!
「これ、余ったら全部紫原くんに差し上げてもいいので。限定のポッキーとかご当地ポッキーとかありますよ、ほら。きっと紫原君喜びますよ」
最後の一言が効いたのか、赤司はすぐに良い笑顔でポッキーが大量に入った袋を受け取った。
4限の授業が終わり、昼休みとなった。
この時のために予め4人はお昼を食べておいた。つまり早弁である。
そうすることで昼休みをフルに活用してポッキーを配り歩く事ができる。
ポッキー配りを赤司に任せた黒子は、ミスディレクションを活かして撮影に徹底して力を入れた。
「夏目、さっきアリババからポッキー貰ったんだけど食べる?」
「あ、これって新作?食べる食べる」
机を突き合わせて弁当を食べている田沼と夏目。それだけでも4人のお腹と脳内は満たされるのに、ポッキーを食べている絵は主にアリババの理性が持ちそうになかった。
「ポッキーっていえばさ、ポッキーゲームとかやるよな」
「え?」
「え?」
「…田沼、ポッキーゲームとかするの?」
「え?あ、いや、俺はしないけど…」
「ふぅん…」
「燐、俺の骨はお前が拾ってくれ」
「おいアリババしぬな!世界にはまだホモが溢れているんだぞ!?」
「あれはやばいですね。田沼君が他の男とポッキーゲームをした可能性がありそうですね。モブ×田沼くんですかね」
「夏目の“ふぅん”は嫉妬ですねわかります」
「もう俺田夏のポッキーが見れただけで思い残すことは何もない…」
「まだですよアリババくん。ジャーファルさんがいるじゃないですか」
「ハッ!!そうだった!!!」
アリババが復活した。
これは想像以上の破壊力だ。4人は期待に胸を膨らませて校舎内を駆け巡った。
「望さん望さん、さっきポッキー貰ったんだけどさ、ポッキーゲームしようよ」
「なんで私とあなたがポッキーゲームしなきゃいけないんですか。平和島君とやればいいじゃないですか」
「俺とシズちゃんがポッキーゲームしても誰も得しないよ。シズちゃんのせいで絵的にも悪いし」
「後ろに立ってる平和島君に失礼ですよ」
「げっシズちゃん…」
「ファーーーーーーーーーーーーーwwwwwwwwwww」
「あっ銀子鼻血出てる」
「シズイザは俺達が得するのに」
「ですね。是非2人にはポッキーゲームしていただきたいです」
「望のツン美味しいですprpr」
「やあ雪男くん」
「マツバさん。どうかしたんですか?」
「さっき君のお兄さんからプリッツを頂いたんだ。よかったら一緒にどうだい?」
「わぁ、ありがとうございます。いただきます」
「ゆゆゆゆゆゆゆyyyy雪男っ…!!!!!!!!そんな嬉しそうな顔お兄ちゃん見たこと無いぞ!?」
「オッフwwwこれは美味しいでござるwwwwww」
「マツバのヤツ雪男にあんな顔させるなんて…もう手出してるとか?」
「さすがイケメンのマツバさんはやる事が違いますね…」
怒涛の昼休みを終えると、4人の心はすっかりと満たされていた。
赤司からもらったポッキーを嬉しそうにたべる紫原とか、信乃とポッキーを分け合う成歩堂とか、ポッキーに興味津津な晴明とか。それからポッキーゲームをせがむ黄瀬とか。
もちろんその後の授業が身に入るわけもなく、4人は午後の授業中ずっと妄想に励んでいた。
前日の入念な準備が功をなした満足感。その上でホモを得られたという事実―――
これだけで4人はもう充分だった。
今日の定例会はいつになく盛り上がるに違いない。放課のチャイムを聞きながら、アリババは帰る準備をした。
「よう、アリババ」
「今日はお疲れ様でした」
「楽しかったな!」
高揚した気分で昇降口に向かう途中、例の3人に出くわした。
他の3人もそれは同じ様子で、頬がほんのり赤く染まっていたり幸せそうな顔だったり、とにかく満たされているという感じがした。
「これはクリスマスとバレンタインが楽しみですね」
珍しく黒子の口がゆるりと弧を描いている。黄瀬が見たら発狂しだすだろう。
ふと、下駄箱の陰から聞きなれた声が聞こえた。燐が口元に人差し指を当てて「静かに」というジェスチャーを取る。
4人は顔を見合わせると、そろりと忍び足で下駄箱に近づいていった。
「…そうだったんですか、大変でしたね」
「はぁ…まさかあんな形で…思い返すだけでも色々恥ずかしいです」
「災難でしたね…私でよろしかったら、話聞きますよ」
声の主はジャーファルと望だった。思わず変な声が出そうになったアリババだが、気が付いた燐が慌ててアリババの口を手で押さえた。
そんな2人に銀子と黒子はテンションが上がったが、下駄箱を挟んですぐ反対側にいるジャーファルと望に感づかれないようにと冷静を装った。
それに会話の内容が激しく気になる。何が恥ずかしかったのかと今すぐ小一時間ほど問い詰めたい。
「…お前ら、何をしている」
「!!」
振り返ると、そこには残念なものを見る顔をした月雄がいた。声のボリュームを落としているあたり、気遣ってくれているのだろう。
「いや、今ジャーファルと望がすっごい気になる会話してて」
「それで下駄箱に張り付いてたのか」
怪しすぎるぞ、と月雄はため息をついた。
それから何かを思いついた様子で4人を手招きすると、わざと足音を立ててジャーファルと望のいる場所へと近づいた。
「あ、月雄さん。それに銀子さんも」
「あれ?アリババくん?」
西日を受ける2人とその一帯は普段見慣れている昇降口のはずなのに、なんだか別の世界のように思えた。
きらきらとしていてすごく静かで、透明感のようなものも感じる。繊細な空間がそこにはあった。
触れてはいけないもの、自分たちが目にしてはならない神秘的なもの―――少なくともアリババにはそう見えた。
なんだろう、ホモには思えないのにすごくドキドキする。
そんなアリババをよそに月雄は2人に近づくと、にこりと微笑んだ。
「お疲れ。これから帰るのか?」
「ええ、これからジャーファルさんと近くのカフェに行こうと話していたとこです」
ジャーファルと望が顔を見合わせて笑いあう。
これは百合ですね、と黒子がひそかにつぶやいた。なるほど、確かにこれは百合だと他の3人も納得する。
「そういえばポッキー余ってるんだけど食わない?」
「いや…私は遠慮しておきます……」
「あ、ポッキーなら私が頂きますよ!」
月雄がちらつかせたポッキーを見るや否や望は気まずそうに、というか恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。
え、なになにポッキーがどうかしたの?一体何があったの?そこんとこちょっとkwsk!!!
そんな望を庇うようにして月雄からポッキーを受け取ったジャーファルはその場で勢いよくポッキーを食べ始めた。
ジャーファルがポッキーを口にしている最中、アリババの目は口許、もっと言えジャーファルの唇を捕らえていた。
形の良い薄ピンク色の唇がポッキーを咥えている…ポッキーを…シンドバッドさんのポッキー……
「おいアリババ顔に出てるぞ」
燐に指摘されて始めて自分の顔がにやけきっていることに気がついた。どうやらジャーファルと望は気が付いてないらしく、ほっとして胸を撫で下ろした。
だがよからぬことを考えていたのは黒子と銀子も同じだったようで、2人はやや前傾姿勢になってジャーファルの唇を凝視している。
ふと、月雄がジャーファルに近づいた。そして少し屈むと徐にジャーファルが咥えていたポッキーを反対側から食べ始めた。
「!?」
「ふぇ、ふふよひゃん!?」
「亜qwせdrftgyふじこlp;@:「」wwヘ√レvv〜!?!!?!?!?wwヘ√レvv〜!?!!!!?!?!」
ポッキーを咥えているせいでまともに発音できないジャーファルが可愛すぎて、そして目の前で起こっている突然のポッキーゲームに動揺しすぎて、アリババは膝から崩れ落ちながら奇声を発した。
銀子と黒子と燐と望は自分の目の前で起こっている事が理解できずに呆然と突っ立っている。しかしすぐに行動したのは黒子だった。
すぐにスマホを構えてカメラアプリの連射機能を起動する。そしてミスディレクションをフルに活用して写真を撮りまくる。
「つ、月雄さんっ!!」
我に帰った望が赤面しながらもジャーファルと月雄を離そうと手を伸ばした。
その手を掴むと、今度はそれまでポッキーを咥えていた月雄の顔が望の顔へとぐっと近づいた。
「嫉妬した?」
わざとらしく耳元で囁けば望はびくりと体を震わせた。
その間も黒子がシャッター音を微かに響かせながら様々なアングルでカメラ撮影している。
月雄がホモに目覚めた…!?燐は目の前で起きていることがにわかに信じられず、思わず銀子を振り返った。
「銀……」
しかし銀子は鼻血を垂れ流したまま微動だにしない。足元に少し血の池が出来ているがそれよりも拳を突き上げているポーズの方が気になった。あれ、このポーズどっかで見たことあるぞ。
「我が生涯に一片の悔い無し!!」
「いやいやいやいやお前足元見てみろよ!お願いだから!!血の池できてるから!!!おい月雄お前ティッシュ持ってない!?」
「ん?持ってるが」
月雄は2人から離れると鞄から箱ティッシュを取り出した。
ティッシュをいくつか貰い銀子の足元の血をなんとか拭き取っている間、月雄が銀子の顔やらをティッシュで綺麗にしていた。
「おい、サービスしてやったんだから今晩どうなるか分かってるよな?」
「…ゑ?」
「忘れたとは言わせねえからな。昼間の事」
「昼間…あっ!」
そうだ。昼間銀子は月雄と約束してしまったのだ。
学校内の男子生徒の誰かとポッキーゲームをしたら、お礼にポッキーゲームしてあげる、と。
「空けとけよ」
ニヤリと月雄は笑うと、未だに固まってるジャーファルと望に向き直った。
「悪かったな。あんまり可愛かったもんでつい」
2人の肩をぽん、と叩く。そして彼は鼻歌交じりに去っていった。
残された面々は気絶しているアリババと嬉々として撮影した写真を確認している黒子を除いてただただ立っていることしか出来なかった。
「やべえ…すっかり忘れてた……どうしよう…」
銀子の小さな呟きは、開け放たれた昇降口から吹き込む秋の風が浚っていってしまった。
その晩、各々は今日のことを思い出して身悶え、奇声を上げ、感動に打ち震えた。
ただ1人銀子を除いて―――