【AM 8:30】
燐が目を覚ました時、時計は家を出ていなければいけない時間を示していた。
ベッドから転げ落ちるように這い出して顔を洗いに洗面台へとむかう。冷たい水道水のお陰で一気に目が覚めた。
一緒に住んでいるのだから起こしてくれたっていいじゃないか、とどうやら先に家を出て行った弟を恨んだが、そういえば彼は今日マツバと一緒に登校すると言っていたのを思い出した。
マツバと雪男が一緒に登校している姿を想像する。一体何を話しているのか、どちらから誘ったのか、その理由は…
「ごちそうさまでした!!!!!!!!」
燐は勢いよく家を出た。朝から素敵なネタを提供してくれたわけだし、今朝の事は許してやろう。
すでに銀子、黒子、アリババには教えてあるので誰かしらは様子を窺いに行っているに違いない。ついでに写メも送ってほしい。
そんな事を考えながら交差点で信号が切り替わるのを待っていると、後ろから聞きなれた声が近づいてきた。
「お主はもっと安全に運転できぬのか?」
「うるせーよ!嫌だったらさっさと降りてくれませんか!?」
「昨晩寝る間も惜しんでお主のわがままに付き合ってやったのは誰じゃったかなー?」
「クッソ…あれ?燐じゃん」
「!?!?あ、お、オフッおはよ…」
燐の横に一台の自転車が止まった。ハンドルを握っているのは銀時で、荷台に足を組んで座っているのは晴明だった。いわゆる二人乗りだ。
まさか朝から二人がそんな姿で自分の目の前に現れるだなんて思ってなかったし、会話の内容のせいもあって燐は思いっきり気が動転していた。
「お主も寝坊か?…何をそんなに見ておる」
「…あっ、いや、なんか珍しいなっていうか、え?泊まり?泊まったの?えっ?えっえっ????」
「うむ、銀時のヤツが勉強を教えてほしいと泣いて頼みこんできたのでな。仕方ないから泊まり込みで教えたやったのよ」
「だって今日のテストで満点取れなかったら平常点下げまくるって言うし?本当はお前じゃなくて望に教えてもらおうと思ったんだけどね?臨也がうるさいから仕方な〜〜〜〜〜〜くって感じ?」
「お主に点数のとれない呪いをかけてやろう」
「すいませんでしたァァァァァ!!!」
「へーあっそうなんだーふーん。珍しいから写真撮っていい?」
燐は光の速さでスマホを取り出しカメラのアプリを起動させ、有無を言わさぬ内に写真を撮った。連写で。
そしてそれを例の3人へ送るころ、信号機がちょうど切り替わった。
「じゃ、俺たち先行くから」
「遅刻はいかんぞ」
「はい!!ありがとうございます!!!!!!」
今日はきっと良い一日になるだろう、そんな確信が燐の中にはあった。
ついでに遅刻する確信もあったのだった。
【AM 9:10】
アリババはとても真剣だった。
手を顔の前で組み、いつになく真剣な眼差しで黒板を眺めていたので、隣の席の女子生徒が思わず頬を赤く染めてしまったくらいだ。
「(銀さんと晴明さんがテスト勉強という名の元、一夜を共に過ごし更には朝も一緒に登校したという事実―――しかも自転車二人乗りで!!!!!!)」
しかし考えている事はいたって残念だった。
「(泊まりってことは晩御飯一緒に食べて風呂も借りて、寝巻も借りたってことだよな?てことは彼シャツ!?彼シャツだったのか?!?!?そもそもご飯は?銀さんが作っても美味しいし晴明さんが作っても美味しいし迷うな…そんで一緒のベッドで寝たということは…やっべえまじやべえ!!!あれか、夜の授業は俺がってやつか??普段はしっかりしててガードも堅そうでちょっとツンとした態度を取る晴明さんを銀さんはどうやって絆したんだろう。あー、でも銀さんそういう時のリード無駄に上手そうだしなー。それから本当は望さんに教えてもらいたかったって?望さんも狙ってたってことなのか、銀さん。銀さんすげえよ銀さん。臨也さんがうるさいってどういうことなんだろうね銀さん!!!)」
「えー、そしたらちょっと早いけど今日の授業はここまで」
【休み時間】
授業が少しだけ長引いてしまったせいで、次の授業が体育である銀子のクラスは少しばたついていた。
「あっ」
不意に上がった声に銀子は勢いよく振り返った。一瞬、誰かの喘ぎ声かと思ってしまったからだ。
しかし現実はそんなことはなく、バッグの中を漁っている夏目とその横で着替えをしている田沼が目に入った。
月雄がさり気なくティッシュを手渡してくれたお陰で、大事に至ることはなかったようだ。
「どうしよう、体操服忘れちゃった・・・」
「まじで?ジャージでよかったら貸すよ」
「ああ、ありがとう、田沼」
田沼から手渡されたジャージを夏目が着込むと少し大きいようで、袖や裾があまっている。
彼ジャージで萌え袖という時点で月雄がくれたティッシュが早くも底を尽きようとしているのに、夏目の発言は銀子を保健室送りにするのに十分な破壊力を持っていた。
「田沼のジャージってでかいんだな・・・」
「ファーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーwwwwwwwwww」
思わず鼻血を噴出しながらその場に倒れこむ銀子だったが、その手にはちゃっかりとスマホが握られていたので、逞しいなあと月雄は感心した。
とりあえずこの鼻血を延々と噴出し続けている銀子の姿をしたなにかを、保健室へと連れて行かねばと彼女を抱え教室を後にした。
【AM 11:00】
教科担当の教師が休みらしく、黒子のクラスは自主学習の時間となった。
教師がいないとなれば大人しく学習する者より雑談を始める者が多い。クラスはあっという間に騒がしくなった。
黒子はといえば、自主学習のフリをしながらひたすら妄想に励んでいた。
妄想だって自主学習だろ?と爽やかに答えたアリババの言葉は黒子の胸にとても響いた。
そうだ、妄想力を高めなくては!
「すまない、テツヤ。ちょっといいかい?」
「どうかしましたか?」
妄想中の黒子に声をかけたのは赤司だった。
余談だがこのクラスでは担任の教師より赤司の方が権力がある。クラスの決め事も大体赤司の鶴の一声で決まってしまうほどだ。
少し患っているところもあるが、それを差し引いても赤司の女性人気は非常に高い。
そんな彼が一体何の用か―――なんて事、実は黒子には手に取るように分かっている。
「敦に会いに行ってくるよ。昨日知り合いから八橋を頂いたんだがナマモノだし、何より敦に食べてもらいたくてね」
そう告げる赤司の顔は、とてもいい笑顔だった。
「ええ、どうぞ。楽しんできてください」
「?ああ、ありがとう」
うん、紫原君も今授業中だと思うんですけどね、赤司君なら大丈夫ですよ、ええ。
【お昼休み】
ようやく鼻血が落ち着いた銀子は、血が足りずにふらふらとしていた。
月雄に今日は帰ったほうがいいのではと心配されたが、休んでいる暇があったら一秒でもホモを見たい。ホモを感じたいのだ。
ひとまず月雄が作ってくれたレバニラ炒めを食べようと弁当箱を開いた。
「今日は体もたねーわ・・・なんだよ彼シャツの後は赤司が紫原のこと攫って行ったしごちそうさまでした!!!」
「銀子、鼻血でてるぞ」
食べ始めてもいないのにごちそうさまを言う。そんな銀子の奇行にはとっくに慣れた。
それどころかわざわざレバニラ炒めまで作ってきてしまうあたり、月雄はハイスペックな彼氏といえるだろう。
月雄が溜息を付いたのとほぼ同じタイミングで教室の戸が勢いよく開いた。というかすっ飛んでいった。
お昼ごはんを食べているというのに、教室には埃がもうもうと立ち込める。その埃の中から人影が現れた。
「望さん、お昼だよ」
臨也だ。彼の弁当を望が作ってきていることは、もはや学校全体で知らないものはいない。
丁度机の上を片付けていた望は臨也が近寄ってきてから、おや、と首をかしげた。
「今日は平和島君も一緒なんですね」
「ファッ!?」
その一言で銀子は思いっきりむせた。
望の言うとおり、壊れた戸の近くには静雄が立っていたのだ。
「え?シズちゃんなんでいんの?」
「うるせえゴミムシ」
「意味わかんない。邪魔しないでくれる?」
突然始まった口論に銀子は鼻血を噴出しそうになった。シズイザは銀子のジャスティスである。
それが自分の目の前で繰り広げられているものだから何か色々なものが振り切れそうだった。
あぁこれはまずいぞ、と月雄はティッシュを準備した。これ以上鼻血を出したら銀子が貧血で倒れてしまう。
そんな月雄のズレた心配をよそに口論はどんどん激しくなる。だからといって誰か仲裁しようと思う人間もいない。
臨也と静雄のケンカに関わったらどうなるか分かったものではないからだ。
先ほどから机を小刻みにガタつかせている銀子をはらはらしながら見守っていると、急に望が立ち上がった。
「たまには三人で食べませんか?うん、そうしましょう」
「えっ望さん正気?シズちゃんとご飯食べるんだよ?望さんも食べられちゃうよ!?」
「お前人をなんだと思っていやがる。よし、一発殴らせろ」
「はいはい、平和島君も臨也さんとご飯食べたいんですよね?大丈夫です今日は平和島君の分も作ってきましたから。さ、屋上にでも行きましょう」
鞄の中から弁当箱を取り出し、それを臨也と静雄に渡す。二人が戸惑っているうちにかれらの腕を掴んでそのまま望は教室を後にした。
教室はまさに嵐が去った後の如く、暫くは誰一人として動く事はなかった。
さすがの出来事に月雄も呆然としていたが、慌てて銀子の様子を確認しようと振り返った。
「・・・燃え尽きていやがる・・・・・・」
そこには、真っ白に燃え尽き満足げな表情を浮かべた銀子が、手にはしっかりとスマホを握り締めて座っていた―――
【PM 15:40】
一日の終わりの授業中、アリババはどこからか甘い匂いが漂うのを感じた。
どこかのクラスが調理実習なのだろうか?
いいなぁ、調理実習。お菓子を作っているんだろう。
「あー腹減った・・・どこのクラスだよ調理実習してんの」
「銀時、貴様昼に散々食ったばかりじゃろ」
晴明の呆れた声が聞こえる。とっさに今朝の事を思い出してしまい、アリババは机をかすかにガタつかせた。
「いちいちこんなヤツに付き合ってたら身がもたねえぞ、晴明」
「んんん??君は晴明マツバ厨の夜君かな?」
「よし、表出ろ」
「いやぁねぇ〜、最近の若い子はすぐに暴力で解決しようとして!」
「夜・・・お主、人のこと言えんぞ・・・」
「うっ・・・」
まるで叱られた犬のように夜がしゅんとした。その姿に不覚にもときめいてしまったアリババは再び机をガタつかせた。
なんだよあれ普段は堂々としてて皆からの信頼も篤くて頼れるイケメンお兄さんのあの夜が!晴明さんの一言で!!まるで叱られた犬みたいに!!!
これ以上机をガタつかせてしまっては他のものに怪しく見られてしまう。そうだ、おちつくために素数を数えよう。2、3、5、7・・・
「しかしそこがお主の良いところじゃな。分かりやすいというか、素直なことは良い事じゃ」
「晴明っ・・・!」
その一言で夜がぱぁっと笑顔になる。そんな夜の様子を見て晴明もにこりと微笑んだ。
ガンッ、と盛大な音を立ててアリババは机に額を打ち付けた。
「えーっと・・・アリババ君、大丈夫ですか?」
「いえいえ全然大丈夫ですちょっと寝てましたすいません俺ちょっと廊下立ってますね!!」
「え!?あ、ちょっとアリババくん!?アリババくーーーーーーーん!!!!」
【放課後】
「信乃、いるかな」
燐のクラスに妖精・・・もとい、成歩堂がやってきた。教室の戸からひょっこりと顔を半分だけ覗かせる姿は、まさに妖精としか表現できない。
「信乃ならいるぜ。あれ?お前らって仲良かったっけ?」
「委員会が一緒なんだけどね。信乃の側にいるとなんだか落ち着くんだ。不思議だよね」
「え?今なんて?」
「?信乃の側にいると落ち着くって・・・」
「え!?今なんて!?」
「し、信乃の側にいると落ち着く・・・」
「そうなんだ!なんだか意外だな!!ありがとう!!!」
「???う、うん・・・?」
きっちりと録音を済ませた燐は信乃を呼びつけた。
「これ、家庭科の授業で作ったんだけどあまっちゃって」
「クッキーか。丁度腹減ってたんだよ、ありがとな」
ほのぼのとした会話を繰り広げる二人からは、マイナスイオン的な癒しオーラが放たれている。
信乃と成歩堂か・・・これは悪くない。
なんとなく田沼と夏目に似たものも感じるし、後でアリババに教えてやろう。きっと気に入るはずだ。
「あれ?なるほどっちのクラス調理実習だったんすか?」
そこへ現れたのが黄瀬だった。一瞬、信乃が舌打ちをしたように感じたが、気のせいに違いない。
「うん。クッキー作ったんだけど」
「てことはつまり・・・黒子っちもクッキーを・・・!?こうしちゃいられないっす!!!!!!くぅううぅrrrrrろこっちぃいいぃいいイェア!」
妙な奇声を上げながら黄瀬は教室を飛び出していった。
信乃と成歩堂は首を傾げていたが、あれは発作だから気にしないほうがいいと言って燐も教室を後にした。
今日の報告会が楽しみだ。